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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)6079号 判決 1957年8月24日

原告 帝都自動車交通株式会社 外一名

被告 東京コンクリート株式会社 外一名

主文

被告等は原告帝都自動車交通株式会社に対し金拾五万円、原告岩本藤雄に対し金拾万円、並に夫々之に対する昭和二十八年八月二十五日以降其の完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払ふべし。

原告等其の余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を三分し、其の一を被告等の連帯負担とし、其の余は更に之を十分し、其の三を原告岩本藤雄の負担、其の七を原告帝都自動車交通株式会社の負担とする。

此の判決は原告等勝訴の部分に限り仮に之を執行することができる。

事  実<省略>

理由

原告主張の事実中、被告等の業務、原告会社所有にして原告岩本藤雄の搭乗した乗用自動車と被告会社所有にして其の雇入運転手被告西田作次郎の操縦する乗用自動車とが原告等主張の頃原告等主張の場所に於て衝突事故を惹起したことに付いては、全当事者間に争なく、当時被告西田作次郎が飲酒して居り、前車を追越さうとして道路中央白線より幾分右側に車を走らせたこと、事故の結果原告岩本藤雄が負傷するに至つたことは、被告西田作次郎の認めて争はぬところである。而して原告本人岩本藤雄の訊問の結果に依り成立を認め得べき甲第五号証成立に争のない乙第一号証の各記載証人田中健平薦田萬、藤原祐治若井利雄の各証言、原告本人岩本藤雄、被告本人西田作次郎の各訊問の結果並に検証の結果を綜合すれば、被告会社に於ては主として社長の送迎用に使用する乗用自動車一輛の外生コンクリート運搬用貨物自動車数輛を所有し、其の操縦に当る運転手は厳に区別し、自動車を使用せぬ場合は其の鍵は一定の場所に格納することとし、運転手に対しても勤務時間の定あり、特に社命あるか残務あるかの場合を除いては午後六時頃迄には退社するのを通例として居たところ、被告西田作次郎は昭和二十八年八月二十四日夕刻仕事を終り飲酒後午後七時十九分渋谷区代々木大山町の被告会社を退出し、更に附近に於て飲酒し、予て様子を知つた自動車の鍵保管所より乗用車の鍵を擅に取出して開扉し、午後九時過自宅である大田区調布千鳥町に向つて空車のまゝ操縦を初め原告等主張の時刻原告等主張の地点に到達進行中であつたが、飲酒酩酊の結果其の運転は正常に行はれず意に反し自然蛇行状態に陥つて居たこと、同所は直線の大街道で見通しには欠けるところなく、反対の横浜方面より五反田方面に向ひ時速五十粁を以て疾走して来た原告会社の所有にして其の営業課長である原告岩本藤雄の搭乗し運転手田中健平の操縦する自動車からは三百米前方に被告会社の自動車を望見し得たが、百八十米の距離に迫つた際、被告西田作次郎が所謂U字廻転即ち元来た道を引返すが如き気配を示したものと誤認し、格別危険もないものと考へ漫然高速力を以て進行を続け、一方被告西田作次郎も略同様の速力を以て、しかも原告会社の自動車の近付くことに心付かず道路中央を表示する白線の右側に出でゝ運転した為、双方危険を感じたときには既に施すべき術なく、殊んど正面衝突し、双方共自動車を大破し、乗客原告岩本藤雄は其の為原告等主張の如く顔面裂傷右膝蓋骨折を蒙るに至つたことを認定するに十分である。而して見れば本衝突事故は、原告会社運転手田中健平に前方注視其の他危険発生を事前に予知し万全の措置を講ずべき義務に違背した節も全然ないとは言はれないにしても、主たる原因は被告西田作次郎に於て乗車前飲酒酩酊し、其の運転振りが正常でなく、殊に道路中央線の右側に迄入込み操縦進行した点に帰するの外はない。被告西田作次郎は原告会社の自動車の照明に眩惑し万全の運転を期し得なかつた旨争ふが、斯かる場合もあるのではあらうが、自動車運転手たる以上、之に眩惑せられぬ注意も予め必要で、不可抗力に依る場合として解することのできぬのは勿論である。前顕証拠中前叙認定を妨げる部分は採用し難く、其の他本件に現はれた全証拠に依つても之を覆すことはできぬ。

以上の次第であつて見れば、被告西田作次郎の被告会社所有の乗用自動車運転は被告会社職員ではあつても、平生業務とするところではなく、又上司の特命に基くものでもなく、全く肆意に依り勤務時間外に単に自己の便宜の為のみに為されたものと言ふの外なく、従つて本事故は被告西田作次郎が被告会社の業務執行に関し惹起したものではないかの観もないでもないけれども、凡そ民法第七百十五条に規定する事業の執行に付きと言ふ文言は厳格に解すべきものではなく、極めて広く理解すべきもので、使用者の個別的委任命令事項に限らず客観的に行為の外形上事業の執行々為と推認し得る場合は勿論、外形上しかく認め得ない場合でも使用者の事業執行と適当な関連関係があつて、社会上より観察して使用者の活動範囲に属するものと認め得べきものは総て之を包含するものと解するのを妥当とする。蓋し多少とも危険性を免れぬ機具を準備所有し、他人を使用して其の活動範囲を拡張して居るものは夫れに相応じて社会的勢力を張り、利益を収めること故其の拡張せられた活動範囲内に於て重い責任を負はねばならぬ筋合であるからである。今之を本件に付いて見るに、被告会社所有に係る乗用自動車に社長を乗せ送迎し、或は社命に依り社員を乗せ所要の場所へ疾駆すると、被告西田作次郎自宅へ向け空車を運転すると、又勤務時間中であると勤務時間外であると、又運転者が社規に基く乗用車専属の運転手であると被告西田作次郎の如く専属運転手でなかつたと、又社命或は権限に基く運転であると擅な運転であるとは、社会上より観察すれば何等区別せらるべき謂はれはなく、結局被告会社の社会活動の一面であると断ぜざるを得ない。従つて被告西田作次郎は勿論、被告会社も亦使用者として事故より生じた損害に付き賠償すべき義務を拒否することは許さぬところである。

被告会社は西田作次郎の惹起した事故は同人の勤務時間外の所為に基くところ、被告会社としては之を監督するに由なく、又監督する権利も義務もないと主張し、其の主張は一応尤もではあるけれども、被告西田作次郎が被告会社の雇人運転手であり、事故を惹起した自動車が被告会社の所有に属する限り、仮令其の運転が被告会社の意に反し、被告会社に対する関係に於ては不法であつたにしても、被告会社の監督責任が解消せられる筋合はないとも解せられる。尤も斯かる場合被告会社としては、運転中の被告西田作次郎に対し監督すべき方法ないかも知れないにしても、被告会社に於て格納中の自動車を被告西田作次郎が退社に当り濫に引出し私用に供するのを阻止することは、自動車運転が多少とも危険を伴ふことに想倒すれば権利でもあり義務でもあると解せられる。即ち退社後の被告西田作次郎個人の行動は自由であるとしても、被告会社の自動車を操縦し、之と無縁でない限りは、被告会社の業務より全然離脱したものとは認め難く、自動車を無断引出し運転せられたこと自体に既に被告会社の監督上の過失を窺ひ得やう、第三者に自動車を窃取せられ事故を惹起した場合とは飽く迄区別せられねばなるまい。夫れ故被告会社が被告西田作次郎を運転手として採用するに付き十分な調査を遂げ同人に命じた仕事に付き監督を怠らなかつたにしても、選任監督上に過失なしとするには足りず、従つて被告西田作次郎の所為に付き責任を辞すするに由なきものと言はねばならぬ。

依つて進んで其の額に付き検討するに、

(一)  対原告会社関係

(い)  原告本人岩本藤雄の訊問の結果並に之に依り成立を認め得べき甲第四号証の記載に依れば自動車破損修理に要する費用は原告会社主張の通りと予定せられたこと一応窺ひ得られないではないが、甲第四号証は同原告の自作に係るものに過ぎず、無下に排斥し得ないにしても、社会通念に照し、斟酌を加へ採用するの外はないし、旁々原告会社の運転手も前叙の通り全然過失の責を免れる筋合でもない故、之をも勘考し、被告等の賠償すべき額は二割乃至三割を減じた範囲の金拾五万円を以て相当と認める。尤も原告本人岩本藤雄の訊問の結果並に之に依り成立を認め得べき甲第六号証の記載に依れば賠償金に依る清算を目堵し、原告会社は保険会社より金借し、又自動車は廃品として処分し既に若干の金員を受領したことを窺ひ得ないではないけれども、之は固より原告会社に於ける経営の便宜に係ることで、被告等の責任に変更を来すことはないものと思はれる。

(ろ)  原告本人岩本藤雄の訊問の結果に依れば、自動車修理に約一ヶ月を要することは窺ひ得られないではないけれども一輛の自動車を稼動すれば月収拾四万円あり、純益は参四万円に上るとの同供述部分は、其の根拠たるべき数字を示さず、只漠然たるもの故、信じてよいか否かすら検討することを得ず、漫然採用するは如何かと躊躇せられるので、原告会社主張に係る得べかりし利益の喪失に基く額は結局立証を得たものと為すには足るまい。

(は)  原告本人岩本藤雄の訊問の結果並に其の方式及び趣旨に徴し民事訴訟法第三百二十三条第一項に則り全部に亘り真正に成立したものと推定し得べき甲第七号証の記載に依れば、原告会社は本事故当時営業課長である原告岩本藤雄に対し月俸金参万九千四百五拾円、其の二ヶ月後より同金四万弐千円を支給して居たことは疑を容れず、俸給は一般には社員の労務提供を約したことに対する対価たる関係に立つことは相違ないにしても、欠勤者に対する俸給の支給は当然に使用者の損失に帰するものではなく、従つて原告会社の損害と為すことはできぬ。現に原告会社にしても欠勤中の原告岩本藤雄に対し前叙認定の通り昇給の措置を講じて居る事実あるに鑑みても此の理は首肯せられねばなるまい。

(二)  対原告岩本藤雄関係

(い)  原告本人岩本藤雄の訊問の結果並に之に依り成立を認め得べき甲第二、三号証の各記載に依れば、原告岩本藤雄は本事故に因る負傷の結果原告等主張の如く医療湯治を行ひ、しかも今日猶右膝関節に付いては完全に治癒に至らず肉体上、精神上に著るしい苦痛を経験したこと疑の余地はない。従つて被告等は同原告に対し精神上の損害を慰藉する為慰藉料の支払を為さねばならぬ。而して其の額は本件に現はれた諸搬の事情、別けても同原告の社会上の地位収入、被告西田作次郎が一介の自動車運転手に過ぎぬ点、然し一方同人が勤務する被告会社の内部服務規律に背反し飲酒の上事故を惹起するに至つた点を彼此参酌するときは、金拾五万円を以て妥当とする。

(ろ)  原告岩本藤雄が其の主張の如く温泉療法を試み若干の支出を為したことは前叙認定の通りではあるけれども、其の請求の根拠とする甲第二、三号証中には療養費の外負傷の有無に拘はらず支弁せねばならね生活費を含んで居ること明であり、之と原告本人岩本藤雄の訊問の結果のみからは其の判別を為し難く、従つて真に要した療養費の額を知るに由ないのみならず、仮に温泉療法を絶対に必要としたにしても、何故神奈川県広河原或は山梨県下部を選ばねばならなかつたかの関係に至つては到底明かだとは言へぬ。従つて此れ等を原因とする同原告の請求は排斥するの外はない。

而して見ば本訴請求中原告会社より被告等に対する金拾五万円原告岩本藤雄より被告等に対する金拾万円、並に之に対する事故即ち被告西田作次郎の不法行為のあつた日の翌日である昭和二十八年八月二十五日以降其の完済に至る迄年五分の割合に依る遅延損害金に付き各自支払を求める部分は正当として認容し其の余の部分は失当として排斥し、訴訟費用の負担に付いては民事訴訟法第九十二条本文第九十三条第一項但書仮執行の宣言に付き同法第百九十六条第一項第三項を適用し、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井經雄)

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